富士山山頂(標高3776m)における酸素補給水が低酸素症に及ぼす効果

― 脈拍数、動脈血酸素飽和度、末梢組織酸素飽和度の変化 ―

【原著】登山医学 Japanese Journal of Mountain Medicine Vol.42:65-69,2022

野口いづみ 1), 2)
1)前鶴見大学歯学部麻酔学教室、2)東京高尾看護専門学校

Effects of High-concentration Oxygen Dissolved Water on Hypoxia at the Summit of Mt. Fuji(3776m): Changes in the Pulse Rate, SpO2, and StO2

Izumi Noguchi 1), 2)
1)Previously at Dept. of Dental Anesthesiology School of Dental Medicine, Tsurumi University
2)Tokyo Takao Nursing College 1227-14 Hatsuzawa-cho, Hachioji-shi, Tokyo, Japan

ABSTRACT. High-concentration Oxygen Dissolved Water (Wox®, Medi-Science Espoir Inc.) is made by dissolving high concentrations of oxygen (50ppm(mg/L) or more) using the latest gas-liquid mixing technology. Oxygen clathrate hydrate dissolved in water has recently been patented in the U.S., China, and Japan. A substance patent is granted when a substance created in the field of chemsitry biotechnology is recognized as novel.

The present study examined the effects of Wox® water on hypoxia at the summit of Mt. Fuji (3776m). Nine subjects participated in this study. After subjects had started to drink 500 ml of the water, pulse rate, SpO2, and peripheral tissue oxygen saturation (StO2) were measured for 45 minutes. Decreases were observed in the pulse rate between 15 and 35 min after starting to drink the water. SpO2 increased by 2.5% from 5 to 20 min, while StO2 also increased from 15 to 45 min after starting to drink the water.

An increase in SpO2 was observed immediately after the start of drinking, indicating the rapid absorption
and transportation of the water into the body. The water appeared to attenuate hypoxic hypoxia. The increase in StO2 was slower and persisted for longer than that in SpO2, and was attributed to the time required for oxygen to diffuse into peripheral tissues. We previously reported an increased pulse rate under hypoxic conditions, which was attenuated by acclimatization to altitude and the wearing of oral appliances. This decrease also suggested that hypoxia was ameliorated by the water.

Okabe et al. recently demonstrated that enteral ventilation via the anus oxygenated the systemic circulation and ameliorated respiratory failure in mammalians, and potentially provides an adjunctive means of oxygenation for patients under respiratory distress. Future developments in research on the absorption of oxygen from the intestines are expected.

However, since 500ml of the water only contains 17.5ml of oxygen, it currently remains unclear why this
small volume of oxygen increased SpO2 for several minutes. Therefore, the mechanisms underlying the absorption of oxygen from the gastrointestinal route warrant further study.

Key words: high-concentratation oxygen bissolved water, oxygen clathrate hydrate, the summit of Mt. Fuji, SpO2, peripheral tissue oxygen saturation (StO2)

序言

酸素補給水(Wox®、エスポア社)は最新の気液混合技術によって高濃度酸素(50ppm(mg/L)以上)を溶存させたものである。すなわち逆浸透膜装置を用いて純水(RO水)を製造し、低温装置で純酸素を溶存酸素濃度が50ppm以上になるまで注入したものである。新物質「酸素包接水和物」が溶解しており、最近、米国物質特許(US 10,913,037,B2(2021年))、中国物質特許(ZL 2015 8 0071029.1(2022年))、日本物質特許 (7087235(2022年))を取得した。物質特許とは化学、バイオ分野などで創出された物質が新規なものであると認められた場合に与えられるものである。

一般に市販されているいわゆる「酸素水」は多数あるが、飲用しても酸素摂取に有効性は見られないとする報告が多い1)しかし、中には2001年のウサギの研究で、「酸素溶解水」を経管投与したところ、酸素は胃から腹腔、門脈へ広がり、容量依存性が確認されたとする報告がある2)。この実験で用いた酸素溶解水は製造後2時間で酸素濃度が半減するものだったという2)。現在、市販されている多くの「酸素水」は細かなバブル(泡)を発生させて分散させたもので、泡を発生させる方法として、高速旋回式、加圧溶解式、電気分解式などがある。方法によって発生する泡の種類(大きさ)、発生量、持続時間などが異なる。これらの「酸素水」は、開栓すると短時間で酸素濃度が低下するが、酸素補給水は開栓した状態で長時間放置しても、溶存酸素濃度を高濃度に維持することが観察されている3)。このような性質を有する酸素補給水の生体へ及ぼす効果について検証が必要と考えられた。

著者は高所、低酸素環境における低酸素症について研究してきた4-6)。大気圧は標高が上がるにつれ低圧となり、酸素分圧はそれに伴って低下し、動脈中の酸素分圧は低下し、低酸素性低酸素症が生じる7)その結果、頭痛などの高山病の症状が惹起される。例えば、平地の気圧が1013hPaの場合、富士山頂3776mの気圧は約650hPaで、平地の約64%となり、SpO2は90%以下となる。森らは富士山山頂の短期滞在者の覚醒時のSpO2の平均値は80%台代前半であることを報告している8)。このような低酸素環境下においては、酸素補給水のSpO2への効果を観察しやすいと考えられる。あわせて末梢組織酸素飽和度(StO2)を観察することで、酸素補給水の末梢組織への効果も観察できると考えられた。
今回、富士山山頂において、低酸素症に及ぼす酸素補給水の効果について、脈拍数、SpO2、StO2を測定し検討したので報告する。

対象と方法

富士山山頂の測候所跡地(標高3776m)に夏季に設置される研究施設にて実験を行った。

対象は特に全身的疾患を持たない健康成人9名とし、男性6名、女性3名とした。詳細を表1に示した(表1)。研究に際し、エスポア社に設置されている倫理委員会の承認(承認番号7)を得た。被検者には研究の趣旨、実験の方法、同意撤回書を書面で示しながら説明し、同意を得た。署名された同意書は著者が管理保管した

(表1)

被検者は朝に居住地(首都圏の自宅)を出発し、富士吉田登山口に到着して1時間程度滞在してから登山を開始し、当日夕刻に山頂の測候所跡地の研究施設に到着した。実験は翌日の午前中に実施した。測定項目は脈拍数、SpO2、StO2とした。脈拍数とSpO2の測定にはパルソックス® 300i(コニカミノルタ社製)を用い、左手の人差指にプロ―ベを装着し測定した。StO2の測定はアステム®(アステム社製)を用いた。アムテム®は近赤外分光式モニターで、筋組織内の酸素飽和度を測定する機器である。測定に際し、大腿部の脂肪厚を入力し、大腿部にプロ―ベを装着し、外側広筋のStO2を測定した。

プロトコールは15分間の安静後、酸素補給水500mlを10分以内で飲用させ、その後、45分間安静を維持させた。飲用開始15分前から安静終了までの60分間、脈拍数(平地での成人正常値60~80回/分)、SpO2、(同96~99%) StO2(同70%程度)を測定した。測定時間ごとに10秒間の数値を検討の対象とした。

結果について数値は平均値±標準偏差で示した。統計的検討は、飲用5分前値を対照値として各測定時間の測定値との比較をANOVAで検討し、有意差のある場合にpaired t-testを行った。なお、危険率5%未満を有意差ありとした。

結果

脈拍数は、飲用開始5分前値は80.9±7.8回/分で、飲用開始15分後値から35分後値まで減少した。5分前値に対する最大の減少は30分後値でみられ、76.7±8.1回/分だった(図1)。

(図1)

SpO2は、飲用開始5分前値は80.0±7.2%で、5分後値から15分後値まで上昇し、 30分後値と35分後値で低下した(図2)。5分前値に対する最大の上昇は5分後値でみられ82.5±8.8%だった。最大の低下は30分後値でみられ、78.7±8.1%だった。

(図2)

StO2は、飲用開始5分前値は68.1±2.8%で、飲用開始15分後値から測定終了の45分後値まで上昇した(図3)。5分前値に対する最大の上昇は25分値でみられ、68.6±2.5%だった。

(図3)

考察

富士山山頂にて酸素補給水500mlを飲用すると、脈拍数は飲用開始15分後から20分間減少し、SpO2は飲用開始5分後から10分間上昇し、StO2は飲用開始15分後から測定終了までの30分間上昇した。SpO2は飲用開始直後から上昇するが、StO2はそれよりも遅く生じ、長く持続することが示された。

脈拍数は低酸素症では脈拍数は増加する。著者らは脈拍数の増加は高所順応や口腔内装置の装着で減少することを示した4-6)。本研究では脈拍数が減少したが、これは酸素補給水の飲用によって低酸素症が改善され、脈拍数の増加が軽減されたことを示していると考えられる。脈拍数の減少はSpO2の上昇よりも長く持続したが、これは安静による効果を反映している可能性がある。

SpO2は、飲用開始後すぐに上昇し、このことは酸素補給水の体内への吸収と運搬が速やかに生じた可能性を示す。同時に、低酸素性低酸素症に対して酸素補給水が改善効果を示すと思われる。また、萩原らは酸素補給水の飲用が慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の症状を軽減することを報告しており5)、SpO2上昇による結果の可能性がある。

SpO2は30分後と35分後に低下がみられた。これは脈波数がもっとも減少した時間に一致しており、安静による効果と思われる。安静状態では呼吸数と換気量が減少し、SpO2の低下も認める場合があるが、身体活動をすることで改善する。高山病による頭痛は身体活動をすることで改善することはよく経験する。他方、StO2は15分から上昇し、高値をほぼ維持している。このことは、SpO2の低下は軽度で低酸素症の悪化は起こっていないことを示唆する。実験終了直前に脈拍数とSpO2が上昇しているが、心理的に刺激を受けて、呼吸循環系が賦活されたことを示すと思われる。

StO2については、酸素の運搬・消費のバランスを示しており、医療の分野では脳や末梢組織の低酸素の早期発見や安定した組織循環を維持する際の指標として活用されている10)。また、運動生理学の分野でもトレーニングの指標などに活用されている11)。今回、生じたStO2の上昇は、酸素消費は安定していたので、末梢の筋肉の酸素化を示すと考えられる。StO2の上昇がSpO2の上昇に遅れて生じるのは、酸素が濃度勾配に従って全身末消組織に拡散するための時間経過が必要であることが影響していると考えられる。また、StO2はSpO2の上昇よりも長く持続しており、SpO2とStO2の、酸素補給水摂取後の生体内における動態の時間的経過の相違も興味深い課題と思われる。

他方、Matsumotoらは2型糖尿病について微小循環障害による低酸素症である可能性を指摘したが12)、荻原らは糖尿病患者において酸素補給水の飲用がHbA1c低下させることを報告している13)。Matsumotoらの仮説に従うと酸素補給水によるStO2の上昇が、糖尿病患者においてHbA1cを低下させる可能性も考えられる。

通常、酸素は呼吸によって肺胞壁から体内に吸収されるが、本研究で見られたSpO2とStO2の上昇は、酸素補給水の酸素が消化器から吸収され、動脈を経由して末梢組織に運搬、分布された可能性を示唆する。2021年に東京医科歯科大学のTakebe、Okabeらのグループは、哺乳類においてEVA(Enteral Ventilation via Anus)が、SpO2が著しく低下した重症の呼吸不全を改善させたことを報告し、腸に酸素を供給する腸換気によって全身の酸素化が生じる可能性を示した14)。腸からの酸素の吸収についての研究の今後の発展を期待したい。

他方、組織に運ばれる酸素量を主に決めるものはSpO2、Hb量 、心拍出量であり、血中に溶解している酸素は0.003ml/mlである。Hbに結合している酸素含量は、Hbを15g/dl、SpO2を100%とすると20.1mlであり、(Hb1gの結合酸素量(ml)=1.34×15(g/dl)×1(SpO2を100%とした場合))、溶解酸素と合わせると20.4ml/100mlとなる。心拍出量を5l(5000ml)とすると、1分間で運搬される酸素は20.4ml×50=1020ml(Hb結合1005ml、溶解酸素15ml)になる。酸素補給水の酸素濃度は50ppm以上であり、仮に50ppmとすると1リットル中に酸素50mgを含み、500mlでは25mg、17.5mlを含む。50kg体重のヒトの消費する酸素の量は250ml/分とされ、17.5mlの酸素は4.2秒で消費されてしまうことになる。本研究ではSpO2は10分間、StO2は30分間、上昇が観察されたが、このように上昇が長い時間持続した機序は明らかではない。呼吸器系から吸収される酸素とは別の機序、例えば物理的、化学的に何らかのカスケードがトリガーされる可能性などが推測されるが、今後の検討が必要である。

付記

本論文に関連する開示すべき利益相反はない

文献

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