大槻 公一 氏(鳥取大学名誉教授)
1997年に中国の家きん産業界に出現したH5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスは、瞬く間に北極圏で繁殖するカモ類等の渡り鳥に伝播しました。このウイルスは地球規模で拡散を続けており、世界中の家きん・水きん産業界では高病原性鳥インフルエンザは大きな脅威となっています。心配されているのは、鳥類のみならず人を含むほ乳類にも強い感染力と伝播力を獲得した変異ウイルスの出現です。鳥インフルエンザウイルスは人に感染性を持ち、病原性を示すことはわかっていましたが、人から人への強い伝播力を示すウイルスの出現が心配されています。また、人への鳥インフルエンザウイルスの感染経路として、通常考えられている鶏卵あるいは鶏肉ばかりでなく、人の生活圏内に生息しているカラスの存在も急激にクローズアップされ始めています。
日本国内では、通常ハシブトカラスとハシボソカラスが見かけられますが、ハシブトガラスが最も頻繁に目につきます。このカラスは、元々は農村部で生息していましたが、近年都市部の多数の人の生活圏内でも普通に見受けられ、特にゴミの集積場所に集まり、生ごみを食い散らかすため、公衆衛生的な問題をはらんでいます。
2021―22年の冬に鳥インフルエンザが国内で広く発生した際には、これまで稀に発生が認められたのみであったカラスの高病原性鳥インフルエンザが頻発しました。高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染して死亡したカラスが北海道、東北の広い地域で確認されました。ハシブトカラスは雑食性で、鳥インフルエンザウイルスに感染して衰弱した鳥類を襲って捕食することもあります。札幌市では、鳥インフルエンザウイルスに感染して死亡あるいは衰弱したカラスを捕食したキタキツネとタヌキが感染して死亡した事例が発生しました。これは、国内でほ乳類が高病原性鳥インフルエンザに自然界で罹患した最初の事例です。カラスを介して鳥インフルエンザウイルスが人に感染する危険性が生じています。鳥インフルエンザウイルスに感染している可能性のあるカラスの存在を、農村部ばかりでなく都市部では特に警戒する必要性が生じています。
司会の市村氏、岩田氏からも質問
日本国内で最初にカラスの鳥インフルエンザウイルス感染が確認されたのは、2004年2月末に京都府の採卵養鶏場で高病原性鳥インフルエンザの発生した時です。発生養鶏場の堆肥舎内に鳥インフルエンザに罹患して死亡した多数の鶏が集積され、そこに夥しい数のカラスが集まり、死亡鶏を餌としたのです。養鶏場からそれほど遠くない地域で数羽の高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染して死亡したカラスが後日確認されました。2018年3月初旬には、兵庫県伊丹市の昆陽池公園でカラスの高病原性鳥インフルエンザウイルス感染による大量死が発生しました。しかし、いずれも人への感染は起きませんでした。 2022−23年のシーズンは、過去国内最大規模の養鶏場等での高病原性鳥インフルエンザが発生しましたが、カラスの鳥インフルエンザウイルス感染事例も増えました。このシーズン、北海道から鹿児島県まで14道県でカラスでの高病原性鳥インフルエンザウイルス感染が起きました。2023―24年のシーズンでは、養鶏場等での発生は減りましたが、カラスの感染事例はほとんど減っていません。鳥インフルエンザの発生は、地球規模で今後とも増加し、鳥インフルエンザウイルス汚染も拡大することが予測されます。カラスが鳥インフルエンザウイルスの運び屋になる可能性を今後考慮せねばなりません。